1830年代初頭 「ロシア・鉄道・旅行」

ロシアの発明家として名高いチェレパーノフ(Cherepanov)父子がロシアで最初の蒸気機関車を作ることに成功した。

これが契機となって1837年ロシアで最初の鉄道がサンクトペテルブルクからツァールスコエ・セロー(現在のプーシキン市)の間に敷設された。

さらにロシア帝国政府内にも鉄道敷設を担当する官庁として1842年鉄道省(後の通信省)が創設された。

1842年から二大帝都を結ぶモスクワ・サンクトペテルブルク鉄道が建設され、1851年に完成を見ている。

1860年代から1870年代にかけて、初代鉄道相パーヴェル・メリニコフは、ヨーロッパにおけるロシア国内の鉄道輸送網を拡大する上で重要な役割を演じた。

1891年から1916年にはシベリア鉄道が着工、完成し、モスクワひいてはヨーロッパ・ロシアと極東地方、モンゴル、中国、を結ぶ一大鉄道網が完成した。

しかし、第一次世界大戦とそれに続くロシア内戦によって鉄道路線の約60パーセント以上と車両および機関車の80パーセント以上が破壊され、大打撃を蒙った。

ソビエト政権が樹立すると、交通担当人民委員部が設立され、1940年までに鉄道ネットワークを全長10万6100キロメートルにまで拡大した。

第二次世界大戦で独ソ戦が開始されると、ソ連の鉄道輸送網は、戦争遂行に不可欠な役割を果たすこととなった。

ナチス・ドイツの侵攻からウラル地方へと工業、労働者、住民を疎開させ、ソ連軍の将兵や軍需物資を前線へと輸送した。

戦後、ソ連の鉄道輸送網は再建され、バイカル・アムール鉄道(バム鉄道)の建設などによって総延長14万5000キロメートルにまで拡大した。

1956年には中ソ友好として「シルクロード鉄道」の工事が始まった。

その後、中ソ対立で中断され、ブレジネフ時代の「停滞の時代」によって設備、輸送ダイヤなどは問題が顕在化した。

ゴルバチョフ政権の登場で中ソの国交が回復、1985年に再開される。

ソ連崩壊によってソ連の鉄道輸送網は各共和国ごとに解体を余儀なくされたが、1992年に完成された。
update:2010年01月28日